体験談

 私がこれを書くことは、生きることを模索していた4年前に予感していた。その通りのことをしている私を、もう一人の自分が眺めているような不思議な気分でキーボードを動かしている。

【守護神との出会い】


 ある日、彼から「あなたは、見える人?」と聞かれた。唐突過ぎてびっくりしたが、こうしてその世界の話題はすすめられるのだと思った。
当時の私には、全く自覚は無かったが、彼が言われるには私の目を見て、私もその力がある人だと感じていたという。
(私)「私は、見えませんが、その世界があるとは思います。」「私は、ここ3年くらい前から自分は、希望を引き寄せる力が強いと気付きました。これまでの成功は、それらの力を借りて得られたものだと思っています」と答えた。
その彼は、私に「守護神」について教えてくれた。それから直ぐに守護神をお祀りしていただくことになる。
 信じやすく、なり切りやすい私は、守護神の存在を直に生活の一部として認識するようになった。それは、極自然にできた。見えない世界の波動を上手く乗りこなしている感覚。守護神の存在が、手に取るように感じられ、ワクワクした。守護神をお祀りしてくれた嶋さんとその答え合わせをすることも面白かった。
 守護神の目線は、私の頭上の1メートル弱程の所から見ておられた。私は自分の手を、丁度守護神の手の位置にあたる私の両耳辺りまで持っていくと守護神が手を触れ返してくれるようで、通じ合っているという幸福感に満たされた。(かなり、いっちゃってるでしょ(笑))

【守護神は本当に存在すると思い知る出来事】


 それから数カ月もしない正月の2日。トレイルマラソン大会に初参加する為、年末年始の休みを利用して標高1000メートル弱の山にコースの下見を兼ねてひとりトレーニングに登った。
 初めての場所でもあり無理をせず、時間になったら途中でも引き返すつもりで昇り始めた。地図を見ながら「このペースなら行ける」とレースを予想しながら順調に山道を登った。予想では岐路のルートに乗っているはずではあったが、時間は既に午後3時を回っていた。地図にある迂回路までは距離があるのか、それとももう過ぎているのか、今いる地点がどこなのかを見失った。「早く帰らないと、日が暮れる」「この登りは地図にはないか」「コースはあっているのか」。小高い位置から下を見渡すが、見えるのは山脈とその山を作る木しかない。建物等の人工物の影もなく、他の登山者にも会わない。地には所々に雪が積もり、空からは雪の様なのもが降りてきていた。さっきまであった人の足跡は途中で無くなり、代わりに動物の足跡が私の進む道に沿って残されていた。4本足の動物の足跡は、私の進む方向とは反対方向(私とすれ違う方向)に向いていたことに小さく安堵していたのは、もう30分以上も前の事だった。
帰る道が分からない。どれだけ登ればいいのか、どれだけ進めがいいのか、この場所がどこなのか分からない。とにかく寒さに震えて死ぬのは嫌だ。一人娘を残してはいけない。
 進むけど、登るけど同じ景色が繰り返された。
「守護神、私を守り導いてください」「帰るよ、帰る。娘の所に必ず帰る」そう独り言を言いながら、息を切らせ、足を休めず前に動かす。
それでも、ただ同じ景色が繰り返される。また登りだ。時刻は15時半を回った。もう一人で進み続けるのは危険。誰かに助けを求めよう。
「誰にできる、誰にできる、救急隊か?家族か?だけど、自分のいるこの場所も分からない。」GPSには、下山までに残り49km(10時間)と検索される。下山にするルート表示はない(本当はあるのかもしれないが、分からなかった)。来た道を戻るのはとても現実的な方法ではないと感じていた。
 守護神は私を守ってくれている。これまでに私は何度か守護神の〝行“をさせていただき、仕事や家族の事等、私の人生の進む道を教えてもらっていた。その声を聞ければ、下山する道も教えてくれるかもしれない。は窮地の時に、昨日、正月の挨拶を交わしたばかりの嶋さんに連絡し、守護神の声に沿うことが頭に浮かんだ。日暮れまでに下山するには、もうそれしか方法は無なかったし、躊躇している時間もなかった。「スピリチュアル ヒューマン ケア」のホームページに乗っている電話番号か、嶋さんのライン電話か。落ち着いて冷静に嶋さんへの連絡先を携帯電話の呼び出し口にセットし、通話ボタンを押した。
(嶋さん15時43分)「はい、嶋です。」
嶋さんは直ぐに電話に出てくれた。
(私)「一人で登山に来て道に迷っています」
(嶋さん)「どうすればいいですか?」
(私)「右(前に進む)か、左(引き返す)か、教えてください」
 東京の六本木事務所から嶋さんが守護神に私の進む道を尋ねてくださった。私も分からないのだから当然嶋さんも私のいる場所は当然知らない。
(嶋さん)「(守護神は)左に行けと言われます」
(私)「日が暮れる前に帰りたいです。一時時間以内に帰れるか聞いてください」
(嶋さん)「(守護神は)一時間以内に帰れると言われています」
 嶋さんは、守護神の声を私にはっきりと伝えてくださった。
私は、とにかく必死で進んで来た道を引き返し始めた。今はとにかく帰らなければいけない。守護神の声に沿うことに迷いは無かった。迷いは無いと自分に言い聞かせたのかもしれないが、迷う不安な気持ちを、私は私の中に一ミリも入れず、とにかく走った。
「一時間以内には帰れる」との言葉は、とにかく心強かった。私は既に4時間近く走り続けていたが、その時の体はとても軽くシャカシャカと軽やかに前に進んだ。両頬がぽっとと温かくなっているのを感じた。(守護神が体を軽く、温めてくれている?)そう思った。

節電の為に切ってあった携帯電話の電源を入れ直し、嶋さんに再び電話をした。
(私 15時56分)「この道で合っていますか」
(嶋さん)「(守護神は)合っていると言われています」
(私)「このまま進みます」
(嶋さん)「気を付けて。いつでも電話をしてください」

さっき、登ってきた道を駆け下りる。足も痛くない。テンポよく体が進む。途中に私の入った登山口とは真反対に向かう(と思われる)道との3方向の分岐点が一か所だけあった。そこまで行って、また道を尋ねよう。

(私 16時5分)「分岐点にいます。降りて来た道以外に右か左かどちらに行けばいいですか」「私は、車を止めた登山口の駐車場まで行きたいです」
 電波が途切れる。嶋さんに私の声が届いていない。『電波が不安定です』と携帯電話にメッセージが表示された。
 (私)「嶋さん聞こえますか。右か左かどちらに行けばいいですか」
嶋さんの声が聞こえた。
(嶋さん)「(守護神は)左だと言われます。左です」
それは、始めて通る道で車を止めた登山口とは真反対の方向。迷う時間はない。
(私)「ありがとうございます。左に行きます。」

 守護神の示す左側には確かに人が通った形跡をにおわせる程の細く頼りない道だった。進んで間もなく、ごろごろした岩が重なり、木が折り重なって倒れ込み、手繰り寄せながらすすんできた道が消えている。(でもこの方向であっているはず。)進む方向を疑うことは無かった。顔をあげ、視野を広くさせて周りを見渡し、途切れた道につながる道を探した。恐らく雨の日には、川になるであろう山の斜面に沿ったくぼみの向こう側に、落ち葉のくぼみが道らしきものを作ってくれていた。(見つけた)足を挫かないよう、踏み外さないよう、転ばないよう、斜面を真っ逆さまに垂直に駆け下りた。(下山している!)そう感じた。今までは、山の宇根に沿って渡っていた進行方向が、今は下に向いている。進み方が横から縦に明らかに軌道修正されているのが分かった。ものすごいスピートで山奥から下りている。恐怖もあったが、不思議な感覚でもあった。
 目には見えないものが道を示してくれている。守護神の言葉を伝えてくれている嶋さんは、私の現在地も知らない。だけど、進む方向をはっきりした口調で示してくれて、その方向は確実にあっているようだった。
「道に迷ってしまった原因」や「守護神の声を聞かずに進み続けていたらどうなっていたか」という考えが脳裏をかすめてはきたが、それに意識を取られている場合ではなかった。とにかく今はどうにかこの場所から下山して、地上に辿り着くこと。その為だけに、私の頭や体、感覚の全神経を向けた。

 道が少しずつ平らになってきて、道幅も広くなっている。10メートル程コンクリートで舗装された道もこの足で踏んだ。「良かった。近い。」私の心臓から笑顔と声が漏れた。道がまた分岐していた。

(私 16時25分)「大分下山できているようです。道が右と左に別れています。右に進んでいいですか。」
(嶋さん)「ちょっと待ってください・・・右です、右です、右に行ってください」
(私)「はい、右に進みます」
工事用の四角い車両とプレハブ小屋があった。(嬉しい)また、分岐点があった。

(私 16時27分)「右ですか、左ですか」
(嶋さん)「左です。左に行ってください」

 進むと、両側は山に囲まれているが、畑があり、軽トラックが止まっていた。降りて来れた。人のいるところに降りて来れた。そこから1分も走ると車の通る道が見えた。この道は、車道まで通じているか。そのまま進むと車道に出た。落ち葉も岩も転がっていない綺麗に整備された黒いアスファルトの道だ。(良かった)日が殆ど沈み薄黒くっなた日暮れ時の冷えた空気の先に、人の住む家が見えた。(ああ、良かった、良かった、良かった)
携帯電話で私の車を止めた登山口までの経路を検索すると、車で24分、徒歩では3時間45分と出た。登山口の反対側に出たようだった。

(私 16時31分)「民家のある通りに出ました。ありがとうございました。車を止めたところまで30分くらいかかるので、タクシーで帰ろうと思います」
(嶋さん)「あー良かった。そうですね。タクシーで帰るとよいです」

 とにかく、もし倒れていたとしても人に見つけてもらえる場所には、戻ってこられた。携帯電話で近くのタクシー会社を検索し、5キロ圏内にあるタクシー会社に電話をするが呼び出し音のみで繋がらない。次に近い10キロ圏内のタクシー会社も同様だった。(正月休みか、この時間帯、皆出払っているのか)バス停も近くにはない。

 人影はあるが、日が暮れるので、家の中に入る人の背中ばかりだった。
その時、一台の車が家を出発し、こちらに向かってくるのが見えた。(これがヒッチハイク?)
すかさず手をあげると、車は止まり運転席の扉を開けて話を聞いてくれた。
(私)「今、山から下りてきて登山口の駐車場まで帰りたいのですが、タクシーもつかまりません。他に帰る方法をご存知ですか?」

(車のご夫婦)「もうバスも終わってしまっているしね。丁度その駐車場は今から行くところの通り道だから、乗っていきますか」と言ってくださった。
本当に有り難い。お言葉に甘え、私の車までで送っていただいた。車のご夫婦には、感謝でいっぱいだ。

【命を救われた】


下山したのは、最初に嶋さんに電話をしてから48分後の16時31分。
その日の日没は、16時50分。
その夜は、雪が降り、氷点下の寒波になった。
通りかかった車があの親切なご夫婦でなかったら。
後、1分ずれていたら私は、ご夫婦の車に声を掛けられなかった。
後、20分遅ければ日没前に下山できていなかった。
嶋さんに電話が通じていなかったら。
嶋さんに電話を掛けるタイミングがもっと遅かったら
助けを求める先が嶋さんでなかったら
私が守護神を信じていなかったら
私が守護神の存在を知らなかったら
守護神の導きと巡り合わせが、私の命を救ってくれた。
視力や聴力では見えないけど、聞こえないけど、そうとしか言いようがない。

後になって考えれば考える程、あの時の状況が恐ろしい。一歩間違えば本当に、娘一人を残して命を落していた。でも私は、有り難いことに無事に下山し助かった。自分でもその真相がまだ飲み込め切れていない、信じられないかもしれないけど、でも、本当の話。
私は、守護神に命を守り、救っていただいた。私だけでなく、私の大切な家族の人生も。

今回の体験談は、山で道に迷っても守護神が守ってくれるから大丈夫という話ではけっしてない。そして、挑戦は怖いからやめることをすすめているのではない。
でも今回は、挑戦の為の準備と計画、細心の注意を払いながら前に進むことが大切と言う事は、恐ろしいほどに学んだ。



【見える世界と見えない世界を生きる】


こんな話を聞いたことがある。
「人は挑戦することで生きることが出来る生き物である。挑戦を止めたら魂が抜けて、辛い毎日を過ごすことになる。一方、「挑戦すること」「人の役に立つことをすること」で人はいきいきとなれる。私も同感。私も挑戦は大好き。挑戦と聞いて、引いてしまう人もいるかもしれないが、多分「自分らしい生き方を見つけ、幸せに生きよう」といったことなだと思う。(「自分らしく生きる為に」の話も伝えしたいと思っているけど、又の機会に。)
人は誰もが「自分らしくいきいきと生きたい」と望み、少なからずその方法を模索した事はあるんじゃないかな。
だけど、結局答えやゴールが見えずにいつの間にか諦めて、本当は苦しくても今を止めることが怖くてそのままを続けている。人は、正解かどうか分からずに進むことは、とても不安で、本来の力を発揮できなくなるどころか、必要以上にエネルギーを消耗し、恐怖から前に進むことすら出来なくなる。逆に、進む道が見えていると強くなれる。力強く足を踏み出し、蹴り上げることが出来る。

もし、「私はこちらの方向(道)に進んで大丈夫ですか?」と尋ねる先があったら、すごく楽だし、安心して進むことができると思わない?

貴方は、「見える世界」と「見えない世界」の存在を信じる?


見える世界は、人間の視力で見ることの出来る俗にいう一般のリアルな世界。一方、見えない世界は「神」や「仏」、「運」、「引き寄せ」「宇宙」とか言った世界かな。

「見えない世界」の守護神は、私たちが凄く知りたいその質問に答えてくれる。「大丈夫」「合っているよ」「必ずうまくいくよ」と夢と夢の実現に向かう道を教えてくれる。今回の山での経験は、私にははっきり過ぎる程にそれを示してくれたので、私は信じざるを得ない(笑)。(嶋さんは、私の信仰心がそうさせたと言ってくださる。)
私もまだ気づいたばかりだけど、「見える世界」と「見えない世界」の両方で生きると、凄く面白く可能性が広がる。
私の夢は、日本から世界へも「笑顔の文化」を広げること。今まで想像もしなかった夢だけど、今は、両方の世界をうまく活かせば何でも出来るんじゃないかと、ワクワクしている。私は、見える世界も見えない世界も両方が好きで、両方を生きることが面白い。人によっては見える世界だけで生きる人もいる。私は、どの世界を生きる人も皆が仲良くし幸せに生きられる世界を作っていきたい。